第二十四章 片翼
踵を浮かしながら問う。フィルミエルは僅かに顔をしかめた。
「何で知ってる?」
「私はあんたと戦いたくない」
「へえ?声が出た途端、急に平和主義かい」
フィルミエルは声を上げて笑い出した。腹を抱えて笑う姿は年相応に見えるも目は笑っておらず、むしろ憎悪が増したように見える。
「それとも命乞いかな。やめてよね、つまらない」
「違う。話したいことがあるんだ」
「命乞いなんか聞きたくないよ」
「アルフィニオスのことだと言っても?」
ぴたりと笑い声が止む。体を起こした目が怒りを帯びていた。
「お前が口にするな」
空気が重くなる。肌に電気が走るようで、ぴりぴりと痛い。それでもアスは口を開くことをやめなかった。
「私にはアルフィニオスの記憶がある。彼がこちらで過ごして、私を育ててくれた記憶だ。それはあんたも知るべきことだ」
「黙れ!」
言葉と共に空気が爆発した。フィルミエルを中心とした一帯が見えない力によって破砕され、先刻の攻撃でもろくなっていた渡り廊下の床が崩れ始める。
耳を苛む轟音と埃に咳き込みながらも、視界が悪くなったのは不幸中の幸いと言えよう。怒りに身を任せたフィルミエルに、アスの気配を探れるほどの冷静さは残っていないはずだ。
壁伝いに粉塵の中から抜け出し、城の裏手へ回りながらアスはフィルミエルの顔を思い出していた。
「……あんなに怒るとは思わなかったな」
彼のアルフィニオスへの執着は憧れなどという言葉も許さぬほどに、強い。恋とも違うのだろう。彼の中で何かを変えるほどの強さをアルフィニオスに見出したのだ。
しかし、アルフィニオスは天から堕ちた。それは許しがたいほどの裏切りに映ったはずだ。
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