第二十一章 影の在り処
「参ったなあ……」
泣くのは止めにしようと決めたのだが、と苦笑する。
顔を洗ってから出直そうと立ち上がった瞬間、地面から突き抜ける電流のような衝撃に目を見開き、アスはその場にすとんと腰を落とした。
大きく開いた目の先には夜闇に浮かぶ丘の起伏しか見えないが、その先──遥か先の大地での出来事が左腕を通して頭へ直接訴えかけてくる。
──なにを。
刻印が疼く。
人間の叫喚する声だけでなく、大地や風が泣いている声まで聞こえてくる。今までにない乱暴なまでの声の本流は頭を支配するだけでは飽き足らず、全身を巡ってアスの中で木霊した。
熱いと誰かが叫ぶ。水が欲しいと誰かが泣く。
助けて、と全てのものが言う。
「……何を」
口許を手で覆い、呆然と闇の先を見る。
闇は何も応えない。だがその先に狂気があることだけは、確かだった。
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そして同じ頃、オッドは城内から外の風景を臨んでいた。ひんやりとする風の中に僅かな乱れを感じて眉をひそめる。
「……はて、夜分に人を訪ねる時は詫びの一言でも欲しいものだがのう。長い年月でそれも忘れたかね」
振り返らずに口を辛くして言った言葉を、影の中から浮かびあがるようにして現れたカラゼクは事もなげに受け流した。
「その鉄面皮はわしの知るものではないな。怪我の治りも早いと見える」
淀みのない足取りでオッドの背後まで迫ると、カラゼクはその場に跪いた。
「……ご無沙汰しております」
体半分だけ振り向き、オッドは困ったように笑う。
「声の硬さは昔と変わらんか。お前は昔から堅物だったな」
「昔の話にすぎません」
「お互い、生き方には苦労する身の上だ。もっと柔軟に構えよと言いたいところだが、お前の場合はそれも許さぬか」
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