第二十一章 影の在り処
そしてアスもまた、腕輪の重みを感じながら、自分の気持ちに一つの区切りを見出していた。
──ティオル。
アスへの憎悪に飲み込まれ、しかしながら炎の中で最期は微笑んでみせた姉のような存在。バーンの笑顔にはっとさせられたのは発言の所為だけでなく、その顔にティオルの笑顔と同じものを見たからだった。
何故、憎んでいながら笑っていられたのか、あの時はわからなかった。この先にあるアスの末路を呪ったからこそ微笑んでいたのだと、笑顔の理由をそう見当づけて考えるのを避けていたフシもある。あれ以上、ティオルを含め、自身の力で死んでいった人々のことを考えるのが耐えられなかったのだ。
だが、笑顔の理由は別にあったのだと気づかされた。
──もういいんだよ。
憎しみや怒りから解き放たれた、ふとした一瞬に浮かぶ柔らかな笑み。それはアスに向けられたものではなく、アスの目に映る自分自身へ向けたものだったのだ。
暗い感情に完全に支配される前に、自分で自分を解き放つ為のただ一つの武器である。
「カリーニン……」
腕輪の細かい傷に触れると、熱くなった目頭から涙がこぼれた。
一緒に旅をし、そして沢山のことを教えて去っていっても尚、彼が残した物の大きさにはっとさせられる時がある。
「……ありがとう」
カリーニンはバーンの中に、そして自分の中に、ふとした瞬間に思い出となってやって来るのだ。憎しみなどなく、暖かな思い出と共に。
バーンは憎悪よりも、カリーニンが託した思いを選んだ。だから今、アスの手の中にはカリーニンの腕輪がある。
──忘れない。だから、もう少しだけ見ていてほしい。
いつかあの場所へ戻り、本当の笑顔を見せられる日まで。
涙を拭い、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。大振りの腕輪は腰紐に通した。
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