第二十一章 影の在り処
いっとき恨んだ己の生を、彼の為に捧げるのも悪くないと思っただろう。
暖かな瞳が細められ、「多分な」という静かな言葉が返ってきた。
「カリーニンをみすみす死なせたお前の剣もお前の事も、どこかで憎んでいる。それは否定しない。でも、カリーニンを自由にしてくれたことに感謝もしている。……それはオレには出来なかったことだ」
静かに笑う顔に既視感を覚える。
バーンは息を吸い込みながら言葉を続けた。
「……だからカリーニンの剣はあそこに置いてきたままだ。カリーニンは生きて、あそこで死んだ。あそこにカリーニンの生きた証を置くことが、あいつの望みでもあるような気がするんだ。……オレなりのけじめだよ」
息を吸い込み、アスは外套の下にある左手を差し出した。今は肩まである手袋に覆われて見えないが、その下にはあの黒い刻印が着々と範囲を広げている。
指の部分がない手袋の先からは細かい刻印に覆われたアスの指が見え、さすがのバーンも目を丸くした。
「直接、手に触れなければ大丈夫だ。私の中にカリーニンの記憶がある。最期の瞬間も。バーンには見る権利がある」
固唾を飲んで左手とアスを見比べていたバーンだが、やがて、詰めていた息を吐くと頭を振った。
「今はいい」
驚き、二の句が次げないでいるアスに笑ってみせてバーンは続ける。
「ごたごたが全部終わってから夢を見させてくれ。それまでは見る暇なんかねえだろ」
自身の気持ちにけりを着けるかのように言い放ち、両腕を大きく伸ばしたバーンはアスの返答を待たずに立ち上がった。
「オレはカリーニンの最期を看取ったのがお前で良かったと思っている。これは本当だ」
やるよ、と言って懐から大振りの腕輪を投げて寄越す。受け取ってみれば、それはカリーニンの物だった。所々ついた傷がまだ微かな温もりを残す。
「バーン」
顔を上げて言い募ろうとするも、手をひらひらとさせて「おやすみ」とだけ言い、バーンはその場を去っていった。話し始めた時とは違い、区切りをつけることが出来たのであろう背中は頼もしく見える。
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