第二十一章 影の在り処
「偉人も二人三人集まってるのを見ると有り難みが減るよな。目の前には賢者、その奥にはあのリファムの王様だろ。それにアスも……って、あいつは?」
言いかけて辺りを見回す。
手早く夕食の支度を済ませ、皆を呼びに来たことまでは覚えているが、肝心な食事の席に彼女の姿はない。薄々、皆も気付いているようで、時折ぽつりぽつりと誰かが探しに行くが、収穫なく帰ってくるのを見た。
オッドが苦笑し、イークを振り返る。
「アスラードがどこにいるかわかるかね?」
「わたしに聞くことじゃないだろう」
杯を置いて憮然とした表情で言い放つ。
「保護者じゃない」
「しかし、このところの気にかけ方は随分な変わりようだ。もしやと思ったのだがね」
酒を注ぎかけてイークは小さく嘆息し、立ち上がった。
「連れてくる」
「人間が丸くなったな」
夜の寒さに備えた長い上着を翻し、イークが段上から降りるだけで皆の視線が集まる。未だ、リファムの国王である彼が何故ここにいるのかを説明されていない皆にすれば、その一挙手一投足が注目に値した。そうでなくとも人目を引くのだから、イークにとってはあまり心地よいものではないだろう。
元々、衆人環視の中にあることを苦手とする男だ。国王になった時、元から持ち得る豪胆さでその苦手を克服した経緯があるが、打算や思惑のない純粋な注目には慣れていない。
それでも態度を荒くすることなく個々へ応対する姿は、人間が丸くなったと称してもいいだろう。
そんなオッドの賛辞すらも、イークには嫌悪の対象でしかないのだが。
大股で部屋を横切るイークの行方を皆がちらりちらりと見送っていた時、唐突にその足が止まり、警戒心の解けたイークの声が響く。
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