第十五章 岩窟の処女
喉から手が出るほど欲しかった真実が目の前にあるのに対し、アスの心は貪欲に真実を求める一方で、賢者と呼ばれる人間についても興味を向けた。時に大きく心を傾けながらも時には離れ、さ迷いつつも賢者という人間への興味は尽きない。
それが、アスがあの雨の日に忘れた好奇心だとは、彼女自身も気付いていなかった。
──もうすぐ。
これまでの事を振り返る余裕もない。あの明かりの中に、これまでの自分と、これからの自分を指し示してくれる人がいる。賢者という言葉を聞いた時に抱いていたはずの異様な不安もない。
会って聞かなければならない。
自分は何なのかを。
目前に迫った明かりの中へ飛び込むと、そこは少し開けた空間になっていた。円周を描く岩壁には松明が掲げられている。
──その、奥。
「……さて、随分と賑やかな『時の神子』のようだ」
年季、と一言で言うにはあまりにも長い時を過ごしたかのような、極めて落ち着いた声が響く。先刻、聞いた声と同じだ。
その声の主の姿を目にしてアスは息を飲む。
老婆と言っていいのか。外見こそ老婆のそれだが、見ようによっては妙齢の女性の柔和さ、あるいは幼女のようなあどけなさも見受けられる。アスは奇妙な感覚に陥った。
黒味の抜け落ちた銀髪を地面へ広げ、長い年月を刻み込んだ皺の中にある目が穏やかに細められた。身にまとう衣服はイルガリムらと酷似しているが、彼女をとりまく風景こそに『岩窟の処女』と言わしめるものがある。
「……」
驚いたことに、老婆の背後から獣の爪が掴み取るようにして岩が覆いかぶさり、その体の自由を奪っていた。座っているのだろうが、足の殆どが岩に飲み込まれてしまい、見ることは叶わない。
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