第十五章 岩窟の処女
真面目というよりも、融通の効かない堅物の印象が強くなった。
「いつまで経っても来ないから我々が迎えに行った。それが先刻に至る顛末だ。他に疑問は」
未来がわかることは驚きだが、それなら何故、自分達がソンらに襲撃を受けることはわからなかったのだろう。でなければイルガリムがこうもイライラする必要もなかったはずだ。
聞くにも聞けず、アスはひとまずかぶりを振っておく。納得したらしいイルガリムは、再び前方を向いて歩き出した。
他の岩屋よりも幾分、高い場所にあるからか、階段も他より長かった。遮る物がない為に風の通りが良く、時折、強い風が外套を膨らませて、慣れない足元を怪しくさせる。申し訳程度の手すりに捕まって上るアスをイルガリムは時々振り返っては、足を止めた。
そんなことを二、三度繰り返していると、いよいよしびれを切らしたのだろう。四度目になってイルガリムはとうとう階段をアスに向かって下り始め、何の前置きもなしにアスを抱えて、階段を駆け足で上り始めた。
自分が上る時の何倍も速いスピードで流れていく風景と風に思わず閉口していると、不意にイルガリムが小さく呟いた。
「すまない。慣れていないことに気付かなかった」
静かな口調から微かに滲む謝罪の念にアスは面食らい、どうしたものかと考えた結果に頷いた。それで向こうが納得したかどうかはわからないが、身を包む空気が本当に僅かだが弛むのは感じ、向こうはともかく自分をどうにか納得させる。
階段の頂上、即ち岩屋の入り口に辿り着いた時、アスはようやく本来の緊張感を思い出した。大きく口を開ける入り口はなめした革で幕が下ろされており、イルガリムが捲り上げた先には暗く細い道が続いている。その先にほんのりと明かりが漏れて見えた。
- 369/862 -
[＊前] | [次＃]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
０.お品書きへ
９.サイトトップへ