第十五章 岩窟の処女



 小さく頷いて返し、イルガリムの案内に従って階段を上り始める。丸太や木の板切れを組み合わせた階段はお世辞にも綺麗とは言い難く、頑丈さだけが取り柄なのだろうと思わせた。

 長年、人の足蹴にされていた階段板は真ん中が磨り減っており、足を置く場所を間違えるとすぐさま転んでしまいそうである。しかも段の隙間からは遥か下が見えるので、余計、慎重にならざるを得ない。慣れた様子で前を行くイルガリムの背中が段々と遠くなる。

 賢者に会えるという緊張が、階段から落ちないようにするという緊張にすり替わるまで時間はかからなかった。半ばぐらいまでさしかかった時、僅かに後ろを振り返ってみる。階段下に三人の姿はなく、用意された小屋へ行ったのだろう。少しだけ寂しく感じた。

「どうした」

 前方を歩くイルガリムが怪訝そうな声を上げる。こちらを振り返って戻ろうとする素振りを見せたので、アスは頭を横に振って階段を上り始めた。

 階段を上る足を止めて、アスを待つイルガリムの表情は静かで、アスがようやくイルガリムの傍まで近づいた時に発した声もまた、静かなものだった。

「驚きすぎて疑問も出ないか」

 淡々と問われ、アスは頷く。そういえば、イルガリムと最初に会った時の彼の口調は、まるで自分達が来ることがわかっているようだった。

 それからがあまりにもイルガリムらのペースで事が進む為に、疑問を発する機会を失ってしまった。

「『岩窟の処女』にあまり無駄な質問をして時間を浪費されても困るから、ここで答えておく。あのお方には先見の能力がある。だからお前達が来るのもわかった」

 ところが、と言ってイルガリムは続けた。どうやらアスに質問させる気は、これからも今も全くないらしい。もっとも、そうしたところで声が出ないのだから意味はないのだが。

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