番外編 おはよう



 それが誰によるものか、ジャックにはわかっていた。

 お陰でエルダンテの軍人への風当たりも、わずかにだが弱まっているのだろう。

 彼らは元気にしているのだろうか。

「……よく眠るよな、ほんと」

 ぽつりと呟いて片膝を抱える。

 月日の流れはロアーナだけではなく、ジャックにも訪れていた。編みこんでいた髪は肩で切り揃えられ、かつては武器を持っていた手も、今は不慣れな農具の扱いによって出来たマメで一杯である。共に戦場を駆けた相棒は家の倉庫に眠っていた。

 ジャックは自分で自分が変わったと感じていた。だから、過去の自分に後悔出来る。

 ロアーナの盾になりきれなかった、自分へ。

「お前があんまり寝坊するもんだから、気がついたら農夫だよ、オレ。畑で鍬持ってんだぜ。斧じゃなくて、鍬。どうせ笑ってんだろうけどさ」

 眠り続けるロアーナに向けて笑った。

「そのうち野菜が出来たら食わしてやるよ。……なあ、だからさ」

 ロアーナの頬にそっと触れる。眠り続けること半年、その間は何も口にしていない。にも関わらず、彼女の顔つきにやつれた感じは見られなかった。それもこうして溢れ出る法力がロアーナを守っているからだろうと、ジャックは見当づけていた。

「そろそろ、オレのことを見てくれよ」

 ライじゃなくてさ、と心の中で付け加える。

 初めてライと会った瞬間、すぐにロアーナの心が彼へ傾くのを感じた。軍隊に身も心も捧げ、女としての生き方を捨てたロアーナに「恋」を思い出させるほど、あの当時のライは魅力的であり、そして危うかった。

 薄氷の上に、いつ割れてもいいという顔で立っているような無謀さと、凄まじいまでの決意が、ライの何かを押し隠してしまい、そこにロアーナは惹かれたのかもしれない。半分は母性によるものだが、半分は本物だろう。

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