第十四章 葬られた民
不思議に思っていると、背後から轟音と共に黒炎が肩を掠めた。焼け付くような痛みを感じ、反射的に飛び退った先で、フィルミエルが手刀をアスの首めがけてひらめかせる。
ひゅ、と空気を切り裂く音が耳元で鳴った──刹那。
「伏せろ!」
張り詰めた空気を更に叱咤する男の声に、アスの体は素早く従った。身を沈めた瞬間に膨らんだ外套を、フィルミエルの手がその勢いのまま薙いで切り裂く。
ひらりと、この場に似つかわしくない優雅な動きで舞い落ちる外套の切れ端を見つめていると、その動きを止めるものが横から目にもつかぬ速さで現れた。
──矢だ。
ぼんやりと見たことのない矢羽などと考えていると、たちまちに無数の矢がフィルミエルらに向けて放たれる。無数の矢を前にフィルミエルの体術は敵わず、一方でガットが黒炎であたり構わず焼き尽くしていた。あえなく犠牲となった木々や草が火の粉を散らしている。ソンは、と地面に這い蹲って様子を窺うと、その姿は既になかった。
耳奥にソンが先ほど語った言葉が蘇る。
──執着はない、興味もない。
静かな、本当に静かなソンの言葉が何故かアスの心を落ち着かせた。自身の心境を訝んでいると、盛大な舌打ちが聞こえたと思うや否や、フィルミエルとガットの姿が大きな羽ばたきの音と共に消え去っていた。
上空から吹き降ろされる風に目を細め、手を掲げて見上げる。地上から毟り取られた草が一斉に舞い上がった。いつの間にか薄暗くなっていた空に大きな白い翼が見えたような気もするが、あれほど大きな鳥は聞いたことがない。羽根持ち、という言葉を思い出した眼前を大きな白い羽がゆらゆらと横切り、座り込んだアスの膝元に落ちる。手に取ってみると暖かかった。
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