第十四章 葬られた民
特別な力、とアスは心の中で反芻した。無意識下に置いたはずの刻印の存在を浮かび上がらせる。左手が微かに熱を帯びた。
──使うのか?
アスが記憶する限り、この異能の力が発揮されたのは二度である。
一度はティオルの小屋で、二度目は先日のライとの対峙の時に。そのどちらも無我夢中で、自分の意志で発動したものではなかった。特に一度目は無理矢理に発動させられたと言ってもいい──結局のところ、あれが力を呼び起こす引き金にはなったのだろうが。
口の中に苦いものが広がる思いで、アスは汗ばんだ手で柄を強く握り締めた。
──使わない……使いたくない。
「……なかなか激しい葛藤だ」
アスの心中を察したように、目の前に立ったソンが笑う。右横でフィルミエルが足を動かした。
「僕ははっきり言って、僕らを縛る命令にこれといった執着はない」
「ソン」
フィルミエルが声を上げる。
しかし、構わずにソンは続けた。
「興味もない。フィルミエルは別のようだけどね。……出来ることなら、こんな面倒な事からは手を引きたいと思っている」
けど、と鎌の切っ先を上げる。
「どう足掻いても逃げられそうにない。だから君を早々に片付けてしまいたいと思うことにしたのさ」
それは自分の意志に関係なく、と言外に含ませていた。
では、ソンの本当の望みとは何だろう。アスに初めて、敵というソンに対する認識以外の興味がわく。
「……不思議だな、この期に及んでまだ君に話している」
「ソン、それまでよ」
ガットとは違って、静かに見守っていたフィルミエルが忠告する。途端に、ゆっくりと流れていた時間が緊張を帯び、空気が震えた。思わずソンの言葉に聞き入っていたアスも剣の柄を握り直し、独白のように話していたソンがふと表情を緩めるのを見た。
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