第十三章 幾多の夜 一つの朝



 軽々と剣を持ち上げて背負うカリーニンは、背中に戻った感触にほっとしているようだった。一方で、メルケンを見る目には窺い知れない寂寥感がある。それはメルケンにも言えることだった。忘れないで、というメルケンの言葉が不思議な重みを持って辺りに落とされるのを振り払うかのように、カリーニンは声を上げた。

「今度こそ、掃除はなしにしてくれ」

「……考えとくよ」

 そう言ったメルケンの顔に年頃の少女の面影が被さる。アスにわかるのはそれだけで、後は大股で歩いていくカリーニンの後を追うのに必死だった。

 ほんの少しひんやりとした空気に肌が張り詰める。道に出て店を一度振り返ってみるが、二人が出てくる気配はない。アスはわずかに苦笑して再び前を向いた。

 大剣を背負った大きな背中が前を歩く。それだけで壁が歩いているような印象を受けるが、この背中なら自分はついていけるという自信があった。

「……少し急ぐからな、走ってでもついてこい」

 頷く代わりに歩調を上げる。それを見て、カリーニンが小さく笑うのがわかった。

 その一方、大小二つの人影が朝靄に紛れて出て行くのを見送り、店の中はおそろしく静かになる。それまでいた人間が占めていた面積分だけ空くと、こんなにもがらんとするものだとは思わなかった。空洞、それもどんなに声を張り上げても返ってくる声のない深い洞を連想する。店の雰囲気もそれを手伝った。

「……やれやれだ、片付けを二人だけでやる羽目になっちまった」

 ぽつりともらすメルケンの言葉も店に僅かに残る夜の名残に吸い込まれる。ジルは肩越しに振り返って腰に手をあてた。

「私が頑張るよ。息子二人のお咎めは次にお預けってことで」

「そういうところの頭の回転ばかり速くて困る。とりあえず形だけでも聞いておくがね、連れ戻さなくていいのかい」

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