第十三章 幾多の夜 一つの朝



 二人の会話が聞こえていたわけではないだろうに、人の表情を見る力に長けているのだろう。サークが不安げな目でカリーニンを見るのをあえて無視し、アスの顔を覗き込んだ。

「行くぞ」

 静かな一言である。号令にしては覇気がなさすぎ、サーク達に向けた別れの言葉にしては感傷がなさすぎた。

 だが、これでいい。

 アスは有無を言わせぬ力に促されるようにして立ち上がり、寝室に置いていた剣と二人分の外套を携えて戻る。旅支度をしながら、カリーニンが準備を速やかに整えていくのを見て、彼はもう、ここを出る時期を見計らっていたのだと知った。

 ずっとここにいていいはずがない。暖かな場所は心地よいが、今はそれに目を向ける余裕などないのだ。

 アスにも、そして『時の神子』に関わる全ての事にも。

「すまんな、世話になった」

「せめて片付けぐらいしてほしいもんだけどね」

 軽口を叩くジルの明るさが救いになる。幕を上げた店先へ向かう間も口を閉ざしたままのヴァークとサークには、少し申し訳ない別れになってしまっただろうか。彼らとの生活が楽しいと思ってしまった自分を戒めるかのように、アスの黒い剣が重みを増す。

「アス」

 顔を俯かせていたアスの手をジルが握る。

「私ね、最初からあんたが『時の神子』だって知ってたんだよ」

 ジルはふふ、と笑った。

「私にだって精霊は見えるんだ。一応はね。あんたの周りで彼らが『時の神子』だ、って何度も言いながら喜んでるもんだから、そりゃ面食らったよ。あんな顔、見たことないもの」

「喜ぶのか?」

 聞いていたカリーニンが口を挟む。

「笑ってるんだ、そりゃ喜んでるんだろ。何が嬉しいのかちっともわかんないけどさ。でも、そんな顔をさせる人間が悪い奴とは思えないし、実際、あんたはそんな奴じゃない。──私はそう思う」

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