第十二章 繋ぐべきもの



 だが、一方で使われなくなった裏道もあり、人通りも少ない暗い道は住民からも遠のいていた。

 そんなことを母親から聞かされていたような気がする、とヴァークは建物の壁に寄りかかってぼんやりと思い返していた。感情に流され、自然の少ない街中で精霊の力を借りたのは些か考えなしだったか。それからの全力疾走による逃走は、体力に自信のあるヴァークすらも疲れさせ、地面に座り込むサークや、同じく壁に寄りかかるアスにはもうしばらくの休息が必要だろう。

 アスはそんなに足が速い方ではないのだとわかった。

 何をしたのかはわからない。橋から砂が爆発的に噴出し、グラミリオンの兵士が逃げ出す音やエルダンテの男が咳き込むのを耳にしながら、自らもサークを探そうと足を踏み出したヴァークの手を取ったのは、他でもない、そのサークであった。小さいながら思いのほか力強い手はしっかりと兄の手を握り締め、しかし、もう片方の手はまた先を走る誰かの手に繋がれている。

 そろそろと橋の袂から路地へ入ろうと手を伸ばす砂をかきわけて飛び出した先で、その「誰か」の背を見たヴァークは知らず、涙を流していた。

──父さん。

 それは一瞬にして少女の背中へと変わるのだが、砂の幕を抜けた瞬間、ヴァークは確かに父親の背中を見たのだ。遠い昔に見た、何人もの美しい精霊を従えた父親の背中を。

 今、目の前を走る背中は記憶にある父の背中とは似ても似つかない、線の細い小柄な背中だ。しかし、父が危険からヴァークを遠ざける時、必ず背に庇ったその時の背中によく似ている。形も、雰囲気も、何もかもが違う背中なのに。

 けれども、そこに背負われるものの大きさを知っている背中は、ヴァークがずっと帰りを待ち望んでいたものだった。

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