第十二章 繋ぐべきもの
見た目よりも小さな体は、ライの力に抵抗するだけの力を残しておらず、そのまま脇に退けられようとしていた。
──刹那。
その手首を小柄な手が強い力で掴む。放浪する間にすっかり傷だらけになった手はがさつき、女とは思えぬ力でライの手の動きを止める。
「……アス」
それは、背後に立つアスが伸ばした手だった。
サークの肩越しに手首を掴む手に驚いて、思わずライが息を飲んだ瞬間、右側からの一閃が視界に飛び込み、反射的に手にしていた剣で弾き返すと甲高い音が静寂を破った。
反動でよろめきながらアスはサークを後ろに庇い、左手で逆に持っていた剣を両手で持ち直す。黒い鞘が外套の中に見え隠れし、ライは知らず、声を荒げていた。
「まだ逃げる気か。それでもう何人殺したんだ」
アスは口をつぐみ、剣を構えたまま呼吸を整えている。その後ろから事態の展開を見ていたハルアが声をあげた。
「アス、もういいだろう。このままじゃお前にとっても、おれたちにとっても良くない」
穏やかな声は諭すようにアスの耳を撫でる。だが、アスはハルアを振り返ることなく、ひどく穏やかな目でライを見つめていた。
「今更、許しなんて請うなよ。もういい加減、終わりにするべきだ」
ライの言う終わりとハルアが意図する終わりには大きな隔たりがある。それは当事者の誰もがわかっていることだが、空気が張り詰める橋の上へ、兵士やロアーナらが殺到することはなかった。否、出来なかったと言うべきかもしれない。
一つに、追うべき対象を初めて目の当たりにした驚きが彼らを縛っていた。神子というからにはさぞかし高貴な、もしくは知性に満ちた雰囲気の者であろうという先入観があった手前、獣のような目で剣を構える姿にどう対応するべきか困っていた。
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