第十二章 繋ぐべきもの



 知っていた、けれど忘れようとしていた。突然に突きつけられた現実から逃げるために、怒りで生きようとしたために。

「……」

 俯くアスの横で、サークは精魂尽き果てたように泣きじゃくり、腕にしがみついた。まるでそうでもしなければ立っていられないようで、実際、全身を使って叫んだサークの体力の消耗は激しい。そこへきて堪え切れなかった涙が後から後から零れ落ちるのだから、一人で立っていろという方が酷であろう。小さな背中が嗚咽を噛み殺す度に上下するさまが痛々しい。

 弟の言葉が耳に届かなかったわけではないだろう。兄と思しき少年はサークを見つめたまま動けずにいる。父親違いであっても思いは理解してくれるはず、と思っていた弟が全身全霊をかけて兄を否定したのだ。あの小さな体からあれほどの大声が出るとはヴァークも思っていなかっただろうし、束の間、傍観者でいたライもそれは同じことだった。

 初めて目にした時はアスにすがりつくしか出来ない子供と思ってはいたが、第一印象とはアテにならない。サークの言い分全てを鵜呑みにすることなど到底無理な話だが、兄弟喧嘩の範疇内においては、どうやら軍配は弟に上がりそうだった。そう判断し、ライはそこで初めてアスを直視することが出来た。

 右腕にしがみつくサークと同じような形式の外套に身を包むアスは顔を俯かせ、こちらからは表情を窺い知ることは出来ない。ライが知るアスの姿はもっと髪が長く、あれほど痩せてもいなかった。

 自分を見た時に見せた驚きの表情は微かだが、見たことのある馴染みの顔だった。だが、今こうして目の前に立つアスはまるで知らない人間に見えて仕方がない。

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