第十二章 繋ぐべきもの
空いた左手で顔を覆い、風のしみた目に微かに涙が浮かぶ。
──その向こう。
恐る恐る左手を下ろした先で、やはりその金色の髪は揺れたままだった。
最後に見た時とは違う、そこいらの旅人と変わらない旅装にその金色は不釣合いだったが、薄汚れた外套の上にある顔には最早、温室育ちの甘えは見えなかった。ただ驚愕と、喜びと、微かな覚悟が双眸に揺れている。
「……アス」
彼は震える唇で、その言葉を搾り出した。
アスは声で応じる代わりに、心の中で呟いた。
──ライ、と。
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アスの動揺は目に見えて明らかだった。立ち尽くす金髪の男がどういった素性の者かは知らないが、背後に控える三人も同じ驚愕を見せていることからして、ただならぬ事態であることは間違いない。しかもその内の一人、逆立てた銀髪の下で両眼を布で覆い隠した男に、サークは背中が粟立つのを抑えきれなかった。
今までも魔物や、言われのない理由で追い掛け回す軍に恐怖を感じたことはある。だが、そのどんな恐怖よりも、今、目の前にいるあの男の方が一番に恐い。何が恐いという理由すら抱かせない、絶対的な恐怖に膝が笑う。どうして周りの人間が皆、平気な顔をしているのか不思議でならない。
アスの動揺を感じ取って握り締めた手だが、それは自分を落ち着かせるためでもあった。
──ここにいてはいけない。
アスに逃走の意思があるかどうかはわからないが、動揺の大きいアスをこのままにしてはおけなかった。自分に目の前の大人達を撹乱する力はないが、下を流れるささやかな川があるここなら、兄の力で充分だろう。幼いながら必死に考えたサークは結論をそう導きだし、より強くアスの右手を握り締め、ヴァークをちらりと振り返る。
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