第十二章 繋ぐべきもの
「物持ちばかり良くて、自分までこのざまだ。年は取るもんじゃないね。旦那と一緒に逝ってりゃ良かったと思う時もある。腰も曲がって、髪だって白くなっちまった」
メルケンは目を細めて笑う。
「あんたはわたしを覚えてる?」
その表情を崩さず、カリーニンはメルケンを静かに見下ろす。
「わたしが綺麗だった頃を覚えていてくれるのは、多分、もうあんただけだ」
静かな店内に外の喧騒が立ち入るのを遠慮する。カリーニンは緩やかに流れる時間を肌で感じながら、小さく笑った。
「……さすがに旦那の名前を語られちゃ、別人かと思うよ」
「旦那の名前はいい広告だからね。死んでからも役に立つなんて、いい旦那に嫁いだよ」
「メルケンがこんな奴だったかと一瞬目を疑ったんだ、これでも」
「誰だって年は取るさ。年も取れば変わる」
カリーニンはその顔に苦笑を浮かべる。
「……でも、三十年前と変わらないんだね、あんたは。旦那に剣を頼みに来た時と同じ、その口でまた剣を頼むなんて、何かの冗談かと思った」
肩をすくめてカリーニンは返す。
メルケンは昔話に浸るつもりはないらしく、まあいいよと言うと、すっかり形を歪めたランプの傘をつま先で弾いた。傘はその狭い空間で身動きが取れないのか、ぎこちなく動いてランプの向こう側をわずかに見せる。
「三十年前、あんたに何があったかはわからないけどね。問題はそこじゃない。あんたに渡しそびれた品はまだあるんだよ」
時と共にその姿も変容したランプが背後に隠すのは、時を経ても尚変わらぬカリーニンを待つ物だった。
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