第十一章 その手のひらに



 そのどちらも自分には無い。アスは視線をそらして足元の石に集中した。耳障りな水音が、閉じようとするアスの耳をこじ開ける。放っておいてほしかった。

「あんま好みじゃないか。水が嫌いなんだもんね」

 そうだな、と言ってジルはアスの横にしゃがみ込む。

「私も時々好きじゃなくなる。今が一番綺麗ってだけで、大雨なんかになればえらい暴れ川だからね。毎年、人死にも多い。それを知っておいて、諸手を挙げて賞賛する気にはなれないよ、さすがに」

 調子を落としたジルの声は耳に心地よかった。川を前に震えている体が段々と落ち着いていくのがわかる。何がそうさせているのだろうか、不思議に思いながらもアスは落ち着く自分に安心感を見出していた。

「ま、逆に大水おこして土を混ぜ返してくれるからって、ルマーじゃ豊饒の川なんて言われてるんだけどね。ほら、上流の山の土なんかもさらって持って来てくれるから。……結果、やられてる事は一緒なんだけどさ。どう見るかって事なんだろうね、きっと」

 曲げた膝の上で頬杖をつき、ジルは穏やかな目で川を見続ける。沢山の小さな砂利が流れているような音が反響し、その音に応えるかの如く木々も囁き始めた。斜陽に照らされた石はそれぞれが火を灯したように赤く、火の原に水が流れている何とも不思議な光景を作り出している。

 不意にジルが呟いた。

「あんたはきっと強くなる」

 アスの心にかかる靄にすっと、小さな風が吹きぬけた。

「魔物を一人で倒したんだもん。強くなる要素があるんだよ」

 でもさ、と言ってアスを見る。

「今のあんたを見てると折れそうで恐い。自分が出来る事はするにこしたことないけどね、出来ない事まで一人でやろうとするのは強がりだ。それは強いとは言わないよ」

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