第十一章 その手のひらに



「川に入って体を流すのが一番だけどさ。結果、綺麗に出来ればいいんだし」

 言いながら川岸の中ほどにある岩にアスを座らせ、木陰のサークに向かって声を張り上げる。

「サーク!桶でも鍋でもいいから水汲むもの取ってきな」

 少しして間延びした返事が聞こえたかと思うと、草を踏む駆け足の音が段々と遠ざかっていった。

 水音に意識を持っていかれないよう、必死に自分の腕を掴むアスの右手は震えている。歯の根をうるさく叩き合わせない根性は見上げたものだと思うが、ジルにはその姿が痛々しく見えた。

 真っ青な顔をしても尚、彼女の纏う空気は誰に頼るともなくまっすぐとしている。それが強い者の証なのかと聞かれれば、多分違う、とジルはすぐに答えることが出来た。

「ここの川はね」

 腰に手をあてて話し始めたジルをアスはちらりと見た。

「ルマーから流れてる川なんだ。途中、大きく蛇行してグラミリオンにもかかってる。今の時期が一番綺麗な川なんだよ」

 ジル達が居を構える位置より更に下ったここは、川幅が一気に広くなる。その為、とうとうと流れる川の音はずっと大人しく聞こえ、女性のような柔らかさも感じた。一方で大地に根差した川の流れは自然の雄大さを見せつけ、その前にあって人間の卑小さも思い知らされる。今の自分は余計に、と血で濡れた手を見るアスの視界の端で、呼応するかのように魚が跳ねた。

「あんたはどう思う?」

 尋ねられて見上げた先のジルの目は明るい。自身の在り方を知っている者の目だ。

 どうあるべきか、自分が何者であるのか、彼女は理解して自身の足で大地を踏みしめている。

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