第十一章 その手のひらに



──もう、斬るのは恐くない。

 自分には剣しかないのだと、柄を握る手に力を込めた。


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 燃え盛る大きな火の中に魔物の面影を残す塊を見て、カリーニンは小さく溜め息をついた。いくら他人を疑わねばならぬ身とは言え、幾分、友好的に迎えられたこの一族にいらぬ不安材料を植えつけるのは本意ではなかった。

 男衆数十人がかりでもかなわない相手を、たった一人で倒した少女は驚嘆よりも恐怖に値する。頭からつま先まで血で汚れたその姿も鬼神を彷彿させただろう。一族を救った救世主というよりも、魔物の同族という認識が彼らの中に芽生え始めているのは違いない。

「……やれやれ」

 幸いなのか何なのか、ジルやサークなどは臆せずアスに接し、今もアスの血を落とすために川の下流へ連れ立っている。元々、カリーニンらに対して愛想の悪かったヴァークもその態度は変わらず、やはり愛想の悪い顔はカリーニンを一番安心させた。

 長居は出来ないとわかってはいたものの、あまり良い形でここを去る事は出来なさそうだった。

──それにしても。

 森であれほど出会わなかった魔物が、どうしてここに来て姿を見せたのだろうか。

 魔物の肉が焦げる独特の嫌な匂いを鼻にしながら、カリーニンはその場に立ち続けた。


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 足元を流れる川の水は、飛沫だけでも身を切るほどに冷たく感じた。多くの時間をかけて、山を縫って流れてきた所為もあるだろう。だが、それ以外のものによる冷たさもまた、アスには感じられた。

「……水、恐いんだね」

 着替えを持って木陰に隠れているサークが、聞き耳をたてているのがわかる。ジルはそちらを一瞥すると服の裾をたくしあげ、立ち尽くすアスの手を引いた。

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