第十一章 その手のひらに



 自分は違う。

 強くならなければならないのだ。

──斬れ。

 剣を構え、腰を低くする。踵を浮かして呼吸を整え、ひゅう、と息を吸い込んだ瞬間、アスはテントから飛び出した。

 途端に明るくなる視界に飛び込んできたのは、こちらに背を向ける男たちと、彼らと対峙する巨大な狼だった。目は貪欲な光を灯し、剣を構える男に向けられる牙は既に血に染まっている。灰色の毛皮も同様だった。狼がそのまま巨大化したような姿だが、獣とは全くの別物であることがわかる。

 ただ純粋な悪、魔物の名を冠する者だ。

 魔物の姿をこれほど近くで目にしたことがないアスは驚きを飲み込み、地面を蹴って男達の壁を突き破る。背中に沢山の怒号を受けながら最前に立ったアスに、魔物の牙がひらめいた。

 だが、間一髪のところで横に飛び退り、あえなく空気を噛んだ魔物の前足に一閃を見舞う。硬い手応えと共に鮮血が噴出した。人間のそれよりも生臭い匂いに顔をしかめ、アスは魔物の後方に回る。前方は既に逃げ惑う人々で一杯になり、動きづらい。

 魔物は血をあたりに撒き散らしながら苦痛の咆哮を繰り返す。食いしばった牙の間から涎が滴り落ち、自らの足に傷をつけた敵に向かって巨体を回転させると凄まじい勢いで駆け出した。その一歩が人間何人分もの歩幅になる魔物の速度は尋常ではなく、後方へと未だ走るアスの背中はすぐそこに迫っていた。

 石やテントを蹴散らしながら憎い仇の背中に向かって爪と共に飛び掛った時、アスは魔物に向き直り、身を低くしてがら空きとなった魔物の首に斬りこむ。空気を揺るがす絶叫が響き渡り、首にめり込んだ凶刃から逃げ出そうと魔物は動き回るが、そのたびに細身の剣は肉に沈み込んでいった。

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