第十一章 その手のひらに



 自分でも驚く夥しい量の血を、サークは恐くないと繰り返した。

「精霊は血が苦手だから、あまり姉ちゃんに近づけないんだけど、本当はもっと近くに行きたいって顔をしてる。僕も姉ちゃんともっと話してみたいし、姉ちゃんに笑ってほしいんだ」

 だってさ、といって苦笑する。

「兄ちゃんがあんなに怒ったの、僕初めて見たんだもの。いつもすまして一人でどんどん行っちゃう兄ちゃんが、だよ。本当に珍しいんだから」

 力説する様子に多少面食らっていると、サークは突然立ち上がり、決心したようにアスに駆け寄ってその手を取った。

「だからさ、兄ちゃんと仲良くしてあげてね」

 顔を近づけて一息に言い放つや否や、脱兎の如く駆け出す。

 ひらめく垂れ幕を見つめながら、サークの言葉をどう消化しようか悩んでいた時、悲鳴が空気を切り裂いた。

 女子供の悲鳴に混じり、何かが崩れる音もする。騒然とした空気に混じり、血と獣の匂いがした。

 魔物、と判断した途端に頭が冴え渡り、気分が高揚する。体中の血が沸き立ち、心臓が早鐘を打った。

──立て。

 剣を抜き放って立ち上がる。久しく目にする刃の煌きは獲物を前に輝きを増していた。

──立て、走れ、そして斬るんだ。

 悲鳴が近い。その声に覆いかぶさるようにして聞こえる何者かの息遣いもまた、近い。

 一族の男たちが応戦しているのだろうか、人のものとは思えぬ声が聞こえるが、それ以上に人々の悲鳴の方が多い。逃げ惑う彼らの足音は恐れに満ちている。

──逃げるしか能がないのか。

 精霊の加護があるというのなら、それにすがって助かる術もあるだろうに。そんな簡単な事すらせず、自分が助かればそれでいいと、人々の足音は暗にそう囁く。そう思うと笑いがこみ上げてきた。

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