第十一章 その手のひらに
「姉ちゃんは兄ちゃんの父さんに似てる」
女が男に似ていると言われても、どう思えばいいものか。ぼんやりとサークの言葉を聞いているアスにサークは続けた。
「どういう父さんだったのか知らないけど、姉ちゃんの周りに集まる精霊は父さんの話を聞く時に集まる精霊と一緒だよ。綺麗で強くて、でもやっぱり悲しそうだ」
サークが森で会った時には他の精霊も混じっていてよく見えなかった。だが、ここへ来てアスを間近にすればよくわかる。
森を離れても尚、その美しさを失わない強い精霊のみがアスの周りでつかず離れずの距離を保っている。サークらの一族以外の者でこれほどまでに強い精霊を引き付ける者は見たことがない。いや、一族の者にしてもこれほどの者はいないだろう。森で魔物に襲われなかった由縁はここにあると見当づけていい。
しかし、その精霊の誰もが悲しい顔をしている。いつも笑って謳い、時に美しい花や舞を見せる彼らが一様に悲しい顔をしている。
それだけでサークは悲しかった。彼らは自分たちとは違い、強くしなやかで綺麗なものだ。普段の華やかさを知っているからこそ、彼らには笑っていてほしかったし、泣いている姿を見るだけで胸がつまる。
自分には精霊をひきつける強い力はない。兄や兄の父親や、母親や、一族の皆のような強さはない。自分は精霊を見るだけで充分に嬉しい。だから彼らにはいつも笑顔でいてほしい。
どうして悲しそうな顔をしているの、と聞いても、サークに精霊の言葉は聞けなかった。
「姉ちゃんはきっと、何か凄い人なんだよ。だから僕、その血も恐くないよ」
サークに指摘され、アスは自分の姿を見直した。地色がわからないほどにどす黒く変色した服は、いくら血を見慣れている者でも恐々とさせるに足る様相を呈していた。所々、乾燥した血がぱらぱらと落ち、寝床を汚してしまったなと、わずかに申し訳なくなる。
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