第十章 足跡



 そう言ってもう一発見舞う。ごつ、という鈍い音が静かな森に響き、少年は反論するでもなく涙目で女を睨み付けるばかりだ。悪態をつかない態度は殊勝なものだと感心したいところだが、巻き込まれた当人を無視して話を進められても困るとばかりにカリーニンは口を開こうとした。しかし、その瞬間を見計らっていたかのようなタイミングで、女はくるりとこちらに体を向けて頭を下げる。

「うちの息子が申し訳ないことをした。でも言い分もわかってもらえるとありがたいんだ」

 顔を上げた女は苦笑してみせる。母親らしい快活さはなるほどとうなずけた。

「私らは定住する場所を持たないんでね、季節ごとに場所を転々としてる。この森は今の時期に暮らす場所にしてるんだが、魔物も多いだろう?だから下手に火を使うと、その、精霊が騒いでね、ついでに獣もうるさくなるから魔物も表に出てくる。そうすると私らは暮らしにくいんだ」

 精霊の部分で言葉を濁しながら、女は順序だてて説明する。頭ごなしにやめろと言われるよりは遥かにわかりやすい理由だが、それにしても、彼女の口からも精霊という単語が出てくるとは思わなかった。

 精霊の二文字でどうにも承諾しにくい顔をしているカリーニンに女はにこりと笑う。

「精霊のことは抜きにして考えても、結果的に魔物を呼ぶことには変わりないんだよ。あんただって道中、きつかったろ」

「この森でか?」

 見かけは穏やかだけどね、と言って女は肩をすくめる。

「豊かな森だから獣だって多いし、その獣を狙って来る人間もそれなりにいる。魔物がいるってんで人の手が入ってないけど、そのせいで身を隠せる茂みだって山のようにあるしね。……まさか会わなかった?」

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