第十章 足跡
精一杯の勇気を振り絞った少年に黙ってろ、と言い、カリーニンを睨み付ける。
「ちょっと前から森が騒がしいと思って歩いてみたら、何のことはない。火は彼らを燃やし、殺すものだ。礼節をわきまえない火の扱いは、この森ではやめてもらう。それを言いに来た」
「……どういうことだよ」
「精霊が騒げば獣どもも騒ぐ。そうすると魔物まで出て来てこっちはいい迷惑なんだ。さっさと火を消せ」
「精霊?」
鸚鵡返しに呟いてみて眉をひそめる。本や伝承、はては奇特な人間の頭の中には存在するらしいものの名前を出されて、いささか拍子抜けする。身軽そうな旅装に身を包んだ姿は旅人そのものだが、その実、リファムを始めとする父神信仰に対抗する新たな信仰を掲げる集団だろうか。それならばグラミリオンのみに任せたいところだが、と素早く考えていると、いやに疲れる自分がいた。子供相手の面倒ごとは避けたいところだな。
「兄ちゃん」
考え込むカリーニンの耳に怯えたような声が聞こえる。見れば、あの幼い方が大きい方の袖を引っ張りながらある方向を見ていた。兄ちゃん、と呼ばれて大きい方が振り向いたのを見ると、やはり兄弟だったのだと得心がいく。
「何だよ。火がまずいのはお前だってわかってるだろ」
「そうじゃなくて……」
「そうだよ。どこに火を炊いてる旅人さんに喧嘩を売る馬鹿がいるんだい」
消え入りそうな声に被せるようにして、快活な声が響き渡る。新手か、と視線を向けた先に、腕まくりをした浅黒い女がずかずかと歩み寄ってくるのが見えた。そうして少年たちの前に立った途端、こちらの様子などおかまいなしに大きい方の頭を力一杯殴る。
「弟引き連れてどこに行くのかと思えば、なんだい!成人を迎えたっていうのに礼儀も忘れたの、この頭は」
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