第十章 足跡



 お前も、と言われて自分の格好を改めた。確かに、カリーニンよりも凄まじい勢いで服が黒い染みで汚れている。それが血であることはどの目にも明らかだろう。

 その汚した経緯は断片的にしか覚えていないが、と、魚をかじる。ふっくらとした白身から湯気が立ち上り、口一杯に甘みが広がった。久方ぶりに口にした食事はうるさい虫を満足させるのに充分だったのだろう。何かを考える間も惜しいくらいに次々と口へ運ぶ。

 その様子を満足げに眺めながら、一匹をあっという間にたいらげたアスにカリーニンが二匹目を差し出す。差し出された二匹目を手に取ろうとした時、上げた左手が視界に入った。甲に描かれた黒い真円、そこからまっすぐ肘まで伸びた槍のような模様。眠っていた記憶が蘇り、照らし合わせて模様が増えた、という結論に達する。

 初めて見た時は真円しかなかった。こんな槍のような模様はなかったはずだが。

 動きを止めて左手に見入るアスの右手に、カリーニンは無理矢理魚を握らせる。

「いいから食え。後でおれが見たものをちゃんと説明する。今は食べることに専念しろ」

 アスの右手に魚を持たせたカリーニンの手は大きく、暖かかった。父親のようだと思いつつ、その「父」というものを知らない自分がどうしてそう思えたのか、一瞬、不思議に思う。だが、専念しろという言葉は、魔法でもかかっているようにアスに考えることを中断させた。何も摂っていなかった体は限界に来ていたのだろう。食べた魚が瞬時にして体に吸収されていくような感覚を味わった。

 黙々と食べるアスを見守るカリーニンの眼差しは穏やかだ。初めは警戒されていたことなど思わせない雰囲気は、尖った心を撫でるように磨耗させていく。しかし、嫌な感じはしなかった。

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