第十章 足跡



「目覚めは良さそうだな」

 頭を巡らし、声のする方を見る。焚き火の前で胡坐をかいたカリーニンがこちらを見て笑っていた。どす黒い染みにまみれた旅装に反し、その足元では火にあぶられていい色に焼きあがっている魚が、時折、油を落としては食欲をそそる音をたてている。匂いの元はこれだった。

 おそろしく平和な光景に一瞬、気が弛みそうになるも、すぐに自分の傍らに添うようにして横たわる剣に気付き、まだ何も終わっていないことを知る。いや、始まってもいないのだろう。

「食べろ。今はいいが、夜には魔物に注意しなきゃならん」

 おれの得物はないしな、と肩をすくめる。リファムに捕えられた際、王城に置き去りにしてそのままだ。拳一つで立ち向かってもいいが、爪に毒のある魔物もいる手前、早々考えなしの行動は出来ない。今のカリーニンにはアスという守らなければならない人間がいる。

 剣も、覚悟もきっと持っているだろう。だが内実はただの少女にすぎない。これまでの旅路でそれが痛いほどよくわかった。

 緩慢な動作で起き上がるアスに焼きあがった魚を差し出し、にこりと笑う。

「少し焼きすぎた。お前を起こそうと思って焼いてたんだがな、効果あったろ」

 魚とカリーニンを見比べ、一つ頷いて魚を受け取る。思いのほか重く、それだけに身も詰まっているのだろうと思うと腹の虫は余計に声をあげた。起きてからずっとやかましい虫に顔をしかめるアスに、カリーニンが笑って言う。

「健康で充分だ。食べたら少し寝ろ。それから街を探す。お前もおれも、こんななりじゃあんまりうろちょろ出来ないがな。服と、そろそろ得物も欲しいところだし」

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