第十章 足跡
目を覆う布でカラゼクの表情はわからない。しかし、気分を害している風でないことは明らかだった。
その鉄面皮をどうにかして剥がしてやろうと意気込んでいたジャックはあからさまに不快な顔をし、腹の底に据えかねる感情を持って足を一歩踏み出す。いい加減、放っておけば大喧嘩になりかねないとばかりにロアーナが制止の言葉をかけようとした時、それまで沈黙を保っていた部屋のドアが突然開いた。
ノックなどの前触れもなく開かれたドアにカラゼクを除いた三者は三様の驚きを見せ、しかし、その向こうに立っている人間を目にした瞬間、ライだけがまた違った驚きに肩を強張らせた。
「……あんまり交流はスムーズにいってないみたいだな」
のんびりとした口調で言い放つその人物は、一般の旅人と大差ない格好だが、腰に下げた剣の紋章は紛れもなくエルダンテ騎士の称号である。
広い肩に穏やかな顔、唯一、少し短くなった茶色の髪を除けば、その眼差しはライもよく知る男のものだった。
だが、どうしてここに。
「……ハルア」
やっとの思いで口にした昔馴染みの名前は、懐かしさよりも気まずさを呼び起こした。
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空が暗い灰色に満ちている。濃淡のない空は重苦しく、厚い石壁を頭上に頂いているようだ。
なのに頬を打つ風だけは暖かく、指の間を通り抜ける麦の穂はさらさらと気持ちいい。ずっしりと詰まった実の重さに耐えかねて頭を垂れる様は何とも言えない物悲しさを彷彿させるが、同時に、それは豊かな大地への歓喜へと取って代わる。
夕陽に照らされれば黄金色に輝く麦も今は色を失って、ただ灰色の風景に溶け込むだけだった。生物らしからぬ色なのに、重い実も柔らかな穂も、風に揺れて麦畑に描かれる波も全てが暖かい懐かしさに包まれている。
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