第十章 足跡



 後ろから聞こえるロアーナの声に応えることもなく、ライは強く拳を握り締める。

「……ティオル」

 絞り出した声は震えていた。

──あまりにも不条理すぎる。

 こんな光景を作り出すことが出来るのは法力でも魔力でもない。今、この世界に新たな力として現れ、様々な国を翻弄するあれの力だろう。

 アス、とライは呟いた。

 不条理な力によって誰かが死ぬのはもう御免だ。故郷だけではなく、何もしていない兵士や共に暮らした姉のような人まで死んでいい訳がない。

 アスの力が不条理なものならば、彼女の存在もまた不条理なものだ。

 彼女は討たれるべき存在だと、そして彼女を討つのは誰でもなく自分でなければならないと、ライがそれまでわずかに残っていた揺らぎを捨てた時である。背後で声をかけあぐねいていたロアーナが、厳しい口調で何者かを問い質す声が耳に届いた。どこか他人事のようにそれを聞いていたライは、それでも半ば反射的に腰に下げた剣に手をかけながら振り向く。

「姿を見せなさい」

 既にロアーナは剣を抜き放っており、その切っ先から雫が垂れていた。同じように、二人がここへ出た森の出口からジャックが様子を窺っている。

 ロアーナの正面、丘の下は少しばかり森が後退した場所で、しかし、そこに何者かが潜んでいるとすればここからは見つけにくい。鬱蒼とした黒は身を隠すのに最適で、その上、雨音が身の回りの音を消す。よくぞそこから気配を察したものだと、舌を巻きながらライも剣を抜く。

 向こうが物理的な攻撃で仕掛けようとしているならジャックが対処に入るだろうし、法力で仕掛けようとしているならロアーナがいる。それ以前に法力や魔力の類を発動しようとすれば間違いなく、自分が吸い取ってしまうのだから論外であろう。問題はその人数のみに絞られる。

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