第十章 足跡



 砂が崩れても、その下からはやはり砂しか見えず、どうしてそこに彼女がいると確信したのかはわからない。だが、水底を見つめる目が熱くなり、胸の奥が握りつぶされそうなほどに苦しいこの感覚は幻ではなかった。

 浅い呼吸を繰り返すライの頬を、もう雨なのか涙なのかわからないものが流れ続ける。

──どうしてこんなところで。

 心の内に溜まっていく感情を全て涙にして叫んでしまいたい。しかし、昔は簡単に出来たことの仕方を体は忘れていた。

 あの津波で死んでしまったのだろうと、自分の気持ちにけじめをつけていた。彼らの死を認めることで、ライは自分の怒りが正当なものであると信じていたし、彼らの死に報いるためにアスを追いかけるのが自分の責務だと考えていた。それが自らの奥底に根を張る嫉妬と劣等感を隠すものだとはライは気付いていなかったが、隠すことで己を律することが出来ていたのである。

 しかし、これはどうしたことか。

 死んでいたはずの者が生きており、新たな生活を送っていたことは喜ばしい限りである。だが、その先で何故、死ななければならないのか。

 不謹慎だと思いつつも、考えられずにはいられない。津波で皆と共に眠ったのならばともかく、どうしてこんなところで一人で死ななければならないのだ。

 暗い森の中、不気味な水底でただ一人だけ。不条理すぎる。

「……ライ?」

 息を切らせながら、どうにか追いついたロアーナが恐る恐るといった風に声をかける。今までは顕著だったライとの間にある壁が、今はおそろしく大きく見えた。

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