第十章 足跡



──彼女なら?

 三人が今追っている彼女なら、その威力や性質が未だ解明されていない彼女の力なら、あるいは。

 心臓が大きく脈打つ。

──まだこの近くに。

 ライ、と声をかけようとした時、既にライは丘の上へと駆け出していた。砂と血に足を取られながら前に進もうともがく姿は必死そのもので、しかし、どうしてライが必死になるのかはわからない。

「ライ!」

 ロアーナの声が森にこだまする。

 その声を背中で聞きながら、ライは嫌な音をたてる砂の上を駆け抜けていた。

 懐かしい、という言葉と共に、胸に例えようのない絶望が去来する。思い出せば暖かくなる記憶の中にいた人がこの近くに──この砂の中にいるという確信があった。

 微弱な法力でも、ましてや魔力でもない。ライの中にわずかに残った何かがその人に反応し、足を動かす。半ば本能とでも言うべき衝動は止めようがなく、それまで忘れていた気持ちを喚起した。

 泥状と化した赤い砂丘は、踏み込めば踏み込むほど足を取られ、強引に動けば血混じりの水が全身を汚す。埃で薄汚れていただけの軍服を赤黒く染め上げるのに時間はかからなかった。

 喉の奥を一際冷たい風が通る。頬を冷たく打つ雨に容赦はなく、冷え切る肌を暖かいものが伝う。その暖かさもほんの一瞬のことで、それが涙だと気付いた時、ライは丘であった場所の頂上に立ち尽くしていた。

 赤黒い砂に埋もれたそこは何者の影も見当たらず、また、降り続く雨によってささやかな池を形成し始めていた。その色すらも血に染まって赤いのだから、不気味なことこの上ないが、不思議と透明感に満ちた水面はそ知らぬ顔でライを見上げる。

 無数の波紋が浮かび上がる池の底はやはり砂で、時折さらさらと崩れていくのが見えた。

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