第十章 足跡
血は黒く、鉄臭いものだ。そんなもので作られる国など、決して豊かなわけがない。
「……ロアーナ」
低く穏やかな声が、ロアーナを現実に呼び戻した。同時に雨の冷たさも体に蘇り、その中で両肩だけが暖かい。足から力の抜けたロアーナをライが後ろから支えていた。ロアーナを見下ろす顔は歪められ、彼女と同じく、心底この光景に嫌悪を抱いているように見える。
大丈夫、と言って離れたロアーナは自分の顔が熱くなるのを覚え、冷え切った手を頬にあてた。ひんやりとする手は思考を冴えさせるには充分で、目は自然とあるべきものを探す。
──死体がない。
これだけの血が流れたのなら、相応の死体があって然るべきである。だが、それに該当するものはなく、ついでに言えばこの砂も妙だった。
ロアーナたちが抜けてきた森の土は黒く、腐った葉や倒木によって腐葉土独特の匂いを放っている。この丘が元はどんな土だったのかはわからないが、わずかに足元に残る土を見れば森の土とほぼ同質のものと考えていい。しかし、血の混じった砂の色は、明らかに足元の土よりも明るい色をしている。さながら何十年も経って風化した土や石よろしく、それはもう、土と呼ぶにはもろすぎた。
風化、という言葉にロアーナ自身が当惑する。
そんなことはありえない。ここが森の中で孤島同然に存在する丘であったとは言え、局地的に風化するなど常識的に、また法力や魔力をもってしても可能かどうか。
だが、という考えがロアーナの思考に波紋を作り出した。
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