第十章 足跡



 あてつけのつもりか、と腹に据えかねるものを覚えた時、後ろで同じように馬を止めたライが、風の勢いで馬を降りて二人を追い越していった。声をかける間もなく駆け抜けていく背中を驚きつつ見つめ、次に、思い出したようにロアーナは自らも馬を降りた。手綱を手近な木にくくりつけていた時、不意に雨の匂いに混じって異質な匂いが漂う。

 腐った葉の匂いでも土の匂いでも、ましてや草の青臭い匂いでもない。戦乱の世ならいざ知らず、平和とされるこの世でこの匂いをかげる場所は限られている。

 ロアーナは腰に下げた剣の柄を握り締め、森の出口で立ったままのライの横に並んだ。

「……なによ、これ」

 絶句しなかっただけでもマシだろうか。

 元は丘だったのであろう場所をえぐるようにして、おびただしい量の血が、白い砂に混じって空を見上げている。かなりの時間、雨にさらされていたのだろう、ところどころから小さなどす黒い川が細い筋を作っていた。

 辺りに充満する血の匂いは森のそれをもしのぎ、外套の袖で鼻をおさえる。

 ロアーナがエルダンテ国軍に入隊した時、既に世間は戦争の意味を忘れていた。国軍というのも体裁上の存在で、実際の職務内容は警備兵と何ら変わりない。だから、こんなにも血の匂いがきついものだとは思わず、こんなにも黒いとは思わなかった。

 袖で鼻と口をおさえていても入り込む血の匂いに目の奥が痛み、視界が揺れる。死も何も恐れるな、流れる血は国の土台となる、軍の教本のどこかに書かれていた言葉が恨めしい。そして、それを心の底から信じ込んでいた自分が恥ずかしかった。

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