第十章 足跡
「この天気の下で言うか、そういうこと」
「へえ、あんたならどう言うのよ」
「雨なんか大嫌いだね」
心そのままの言葉にロアーナは顔をしかめる。ライの気持ちをなだめようとしたつもりが、結局、ジャックの介入によっていつもの会話に戻ってしまった。
ロアーナが進歩のない会話に盛大な溜め息をついていると、視界の端でライがわずかに顔を動かしたのが見て取れた。それまで鬱屈とした表情で馬を進めていた顔に、少しばかりの変化が訪れる。
「何かあった?」
頭上から落ちてくる雨音に負けぬよう、声を張り上げた。ロアーナの声に常ならざるものを感じたのか、前を行くジャックもちらりと後ろを振り返る。
尋ねられたライは眉をひそめ、答えようとするも言葉が出ないようであった。形容する言葉を探しているのか、それとも答えられない事なのか。どうしたものかと、小さく振り返りながら、馬の動きに合わせてフードから滴り落ちる水滴をロアーナが目で追っていると、突然、馬が足を止めた。
唐突に止まった反動でロアーナは思わず前のめりになり、跳ね上がった心臓をおさえながら手綱にしがみつく。
「ジャック」
見れば、のんびりと歩いていたはずのジャックの馬が歩を止めている。ぶつかるのを避けるために止まったのだろう、ロアーナの馬の鼻面からジャックの馬の尻までは僅かな隙間しかない。鼻息荒くその場に足踏みする馬をなだめ、ロアーナはもう一度ジャックの名を呼んだ。
「ジャック!」
いくら雨音がうるさいとは言え、この近距離で聞こえないはずがない、とロアーナは声の調子を強める。しかし、ジャックは振り返ることなく、前方で開けた場所から視線を離さずにいる。
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