第十章 足跡



 目を閉じたままのアスの腹が鳴ることはない。自分の腹の虫も諦めて、なりを潜めている。

「……まだお前、腹が空かないんだな」

 ぽつりと呟いたカリーニンの頬を暖かな風が撫で、迷いながらも南には進んでいたのか、と一つの安堵を与えた。


+++++


「よくない天気ね」

 軍服の上に羽織った外套のフードを僅かに持ち上げながら、ロアーナは空を見上げる。重くたれこめた灰色の空からは絶え間なく雨が降り続け、馬の進めにくい地形で、ただでさえ苛立っている心を更に煽り立てた。存分に雨を吸い込んだ外套はずっしりと重く、手を動かしてフードを被りなおそうという気にもなれない。リファムの南がこんなにも気候に恵まれない所だとは思わなかった。

「よくないっつうか、異常だろ。これ」

 うんざりしたような声が前方から聞こえる。雨を鬱陶しく思っているのはジャックも同じのようだ。珍しく意見の一致したロアーナは曖昧に返事をし、ちらりとライを振り返る。

 二人同様、フードを目深に被った姿はやはり、雨を鬱陶しく思っているように見えるが、それだけではない憤りも垣間見えた。リファムの王都を出る間際のいざこざが後を引いているとも思えないが、と声をかける。人間関係の潤滑油代わりをするのも上官の役目だろう。

「ライは雨が好き?」

 我ながらセンスのない質問だと思い、実際、前方からは忍び笑いが聞こえてくる。おさえているつもりなのだろうが、日頃目にしないその気遣いが余計に腹立たしい。言い返してやろうかと身を乗り出した時、後ろから静かに答える声があった。

「あまり好きじゃない。濡れるし、気が滅入る」

 しっかりした返答にいくらかほっとしながらロアーナは返した。

「そうよね。私もあまり好きじゃないわ。晴れている時の方が気持ちいいもの」

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