第十章 足跡



 左手が大地や草木に触れるたびに、アスは飛び起きたのである。それは、ただ触れたことによる驚きではなく、そこから何かしらの影響を受けての恐怖によって目覚めていたのだと思うが、本当のところはわからない。だが、「何かしらの影響」を示唆するものをアスの左手に見つけた時、それは確信に取って変わった。

 左手の甲に描かれた真円。その中心から槍のようなものが一直線に肘まで伸びている。アスと行動を共にした時間はほんのわずかだが、それでもこのような模様が左腕にあれば嫌でも気付くはずだ。今まで気付かなかったのではなく、今までは無かったのだろう。

 深い黒で描かれた模様は何故か禍々しさを彷彿させ、あの、血混じりの砂が噴出す瞬間が浮かび上がる。あの光景とこの模様は何か関係があるのか、と考えてやめたのが記憶に新しい。

 座り込んでアスを眺める姿は滑稽そのものだろう。しかし、こうしているしかない。法力、ましてや魔力などあるはずもなく、昏々と眠り続けるアスを呼び覚ます術も思いつかない。

 もしかしたら、という希望のもと、獲ってきた魚の腹が恨めしそうにカリーニンを見上げる。

 アスが目を覚ましたのは、後にも先にも昨晩のただ一時のみである。当然、その前後、何も口にしていない。同様にカリーニンも何も口にしておらず、魚を獲りがてら飲んだ川の水は、空腹を締め付けた。眠り続けるアスを抱え、魔物と追っ手の気配を四方八方に感じながら食事など出来るはずもない。その上、口にすることの出来そうな物が逃走経路に無かったのも一つの原因だった。

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