第九章 遠い家



「痛むのか」

 左腕に爪が食い込んで、血が滲んでいる。痛むどころの話でこれほどの力が出るものか。加えて、うつむいた顔には脂汗が浮かんでいた。尋常ではない事態には慣れていたつもりだが、おかしい、と、カリーニンの中で警鐘が鳴る。

──とにかく離れるか。

 どちらにせよ、ここに留まって安全なことはない。背負われるのが嫌いなようだが、この際我慢してもらおう。

 カリーニンは屈みこんでアスの肩を掴み、立ち上がらせようとした。だが、肩を掴んだその手を、アスの右手が凄まじい力で掴む。あまりの力に顔をしかめながら、再び顔を覗き込む。

「おい、どうした」

 夕陽色の髪に隠れた顔には、先刻より多くの脂汗が浮かんでいる。飽和点を越えたいくつかが鼻筋を通って地面に滴り落ちた。その目は何に驚いているのか、大きく見開かれており、その割に呼吸はひどく落ち着いている。この辺りで休ませてやりたいものだが、蹄の音は近い。

 悠長になどしてられない、とばかりに無理矢理立たせようとした時だった。地面が大きく脈打つ。地震か、と体勢を立て直しながら辺りを窺うも、雨で濡れそぼった木々がそれ以外の力で揺れている雰囲気はない。からん、と近くの木端の山が崩れるのを見て、この周囲だけが揺れたのだと察する。

──何故だ?

 こんな局地的な地震があってたまるかと辺りに神経を巡らせる。新手の法力か魔力か、それともあの少女だろうか。

 だが、カリーニンの推測など余所に、再び地面が大きく脈打った。

──いや。

 二度目の揺れを感じて、それまでの認識が違っていることに気付く。

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