第九章 遠い家



「……」

 崩れ落ちた天井はまるで、そこに誰かがいたことなど気にしていないような顔で、炎をより一層大きくする。穴の開いた天井から細い雨が降り注ぐが、所々煙を上げるだけで決定的な消火になりはしない。

 カリーニンは唾を飲み込んだ。乾きすぎた喉は僅かな湿気を得て痛む。

 耳にはまだ、あの轟音がこびりついていた。時折、その名残を思い出させるように木がはじける。轟音に悲鳴は混じっていなかった。

 天を仰げば、暗闇が口を開けている。そこから銀糸のような雨が突き刺さるように降り注いでいた。生暖かな風が髪を揺らし、ただ木が燃える音と、雨の音と、小さく火が消える音のみが沈黙を埋める。先刻まで誰かがここにいて、話していたことが幻のように思えた。

 ようやっとの思いで一歩下がり、ちらりとアスを振り返る。

 かろうじて残る壁を背に、アスはただ立っていた。ただし、その目には何も映しておらず、暗黒のみが巣食っている。両眼から流れる涙だけがアスの感情を映し出していた。

 信じていた者に裏切られ、しかし、その者も願いを果たすことなく目の前で死んだ。罵りながら逝ったのならば、あるいは良かったのかもしれない。憎悪を抱いて自分に刃を向けた馴染みが微笑みながら逝ったとなれば、それは最高の復讐となるのではないか。

 かける言葉も見つからず、その上、雨音に混じって馬の蹄の音もする。火を放った者が近くにいることを失念していた。小さく舌打をして、足早にアスの元に戻る。

 途端に、アスは膝から崩れ落ち、その場にうずくまった。緊張の糸が切れたのかと顔を覗き込もうとした時、アスの右手が左腕を強く握り締めているのに気付く。

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