第九章 遠い家



 まるっきり無防備に近いティオルに向かって、カリーニンは声を張り上げた。
「崩れるぞ!」

 それは既に注意ではなく、警告の響きを持っていた。元来、丈夫な作りではない小屋が、これだけの炎によって崩壊するのに時間はかからない。ちらりと天井を見上げれば、四方八方に亀裂が走っているのが見て取れる。天井の隅など既に崩れ落ち、僅かに外が覗いていた。丈夫な作りではないとは言え、炎に包まれた小屋の下敷きになれば無事でいられないのは当然である。

 例え、アスに矢を向けたとしても、アスがどんなに傷ついたとしても、生きて話すべき事柄は山ほどあるはずだ。否、話さなければならない。自分は太陽の下で穏やかに笑っていた二人を知っている。

 衰えを知らない炎を前に、カリーニンは微かに躊躇ったが、一歩、足を踏み出そうとする。肌を焼く熱気が一段と強くなった。

 その時、ティオルは使い物にならない弓を炎に放り投げた。一瞬、弓を投げ込まれて炎が大きくなる。

 みし、と天井がたわんだ。

「おい!」

 身を乗り出して炎を強引に突き進もうとした時、頭上から落ちてくる轟音に気付いてカリーニンは足を止めた。炭化した木の板や太い柱が悲鳴を上げながら落ち、反射的に顔を手で覆う。

 轟音と瓦礫の向こう、炎の中で何かがきらめくのをカリーニンは見た。目を取られて視線を向けた先で、ティオルが微動だにせずこちらを見ている。気丈なのか恐怖で動けないのか、そう考えてカリーニンは、否、と改めた。

 煤だらけの白い顔に浮かんでいるのは、ひどく穏やかな笑みだったのだ。太陽の下で見たものと同じ、ただ幸せそうに笑う姿が炎の中では異様に見える。何故か消え入りそうに見えて手を伸ばした刹那、ティオルの頭上の天井が大きく崩れ、沢山の火の粉と木端を撒き散らしながら、ティオルはその姿を消した。

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