第九章 遠い家



 泣きじゃくる気力もアスにはなかった。ただ涙だけが流れ続け、喉が焼けるように熱い。

 体のそこかしこが熱く、背中を冷たい汗が流れる。左手の指先の感覚がぼんやりとし始めて何となしに見下ろした時、窓を突き破る甲高い音が響いた。

 突如、静寂を破った甲高い音に、ティオルの悲鳴が重なった。弾かれたように顔を上げると、割れた窓から次々と火を灯した矢が射こまれる。たった二、三本の細い矢先に灯された火が、小屋の中を蹂躙するのに時間はかからなかった。乾燥させた香草や薪など、元々が延焼を助ける物ばかり揃っていたのである。外が雨であろうとお構いなしに、火の手は一気に勢いを増した。

「なに、どういう」

 炎の向こうで、ティオルは慌てて辺りを見回す。雨の轟音をもかき消す炎の音は、余計に焦燥感を煽った。国軍が来てくれるはずではなかったのか。

 突然のことに混乱する頭をなだめたのは、一つの矢だった。窓から射こまれた火矢が暖炉横の壁に突き刺さっている。それすらも既に炎に包まれて、かろうじて矢だと確認出来る程度だが、ティオルにはそれだけで充分だった。

 この小屋に火を放つ理由など一つしかなく、そして、その理由を知る者が火を放ったのならば、必然的に射手の出自はわかる。

 アスを引き渡した際の報酬も何もいらないと、ただ、この憎悪をどうにかしたいと思っていただけだ。リファムには何も求めなかった。

 しかし、炎に包まれた矢は暗に、ティオルへ用済みの烙印を押し付ける。

──ならば。

 用済みであるとされたなら、それでいい。烙印に恥じない行動を起こすまでだ。

 ティオルはかろうじて炎を免れた弓矢を手に取り、ゆっくりと矢をつがえた。まきあがる炎に照らされて矢先が暖かな光を宿す。昔、教会で目にしたランプの色のようだな、と思うと不思議と気持ちは落ち着いた。

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