第九章 遠い家



──信じていたのに。

 何があってもティオルだけは、自分を信じてくれると思っていたのに。

 言葉にしてしまえば棘のある現実を突きつけられるようで、アスはずっと避けていた。そんな危機感を感じても、不安を感じても、自分の目に蓋をしてしまえば、それは対岸の火事にすぎない。火の手の及ばぬ所で見ていられる傍観者であることは可能だった。

 だが、それも時間稼ぎにすぎないことを思い知る。

 現実は現実だ。

 ティオルもやはり、アスの言葉を聞いていなかった。

 アスの涙を見てもひるむ様子は見せず、ティオルは弦を強く引いた。矢羽を掴む指は既に白い。

 あれほどアスに剣を握るなと、婚約者が剣を握るのが嫌だともらしていたティオルが今、こうして矢をつがえているのは相当な練習の賜物だろう。あの日から半年も経っていない。それまで武芸とは無縁だった女性が数ヶ月で弓を扱えるようになるまでには、通常の何倍もの練習量を要する。

 痛みに泣いたことも、苦しんだことも、投げ出そうとしたこともあったのだろう。しかし、そんなティオルを突き動かしたのは消化しきれない憎悪だったのかもしれない。

 何もかも、この瞬間のために。

──自分を殺すために。

 足に力が入らず、アスはふらりと壁に寄りかかった。走ってもいないのに膝が笑っている。

「大人しくしてて。リファムの国軍がもうすぐ来るわ。……悔しいけど、わたしはあんたを罰せない」

 その言葉がもう、良心から来るものではないことを知っていた。リファムがアスを追っている、見つけたならば引き渡せという義務によるものだろう。

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