第六章 その陰を知らず
魔女、と言うにはあまりにもその姿は美しすぎたが。
小さく呻くだけで動かないカリーニンに、満足げな息をもらす。
「……残念。あんたのお守りはいなくなっちゃった」
アスは少女から目を離そうとしない。離せなかった。いつ、その手が振り下ろされ、リヒムのように頭を飛ばされるのか。だが、それが恐怖に由来するものとは気付けなかった。気付きたくなかったのかもしれない。それは弱さに繋がるからだ。
だから、決定的に背を向けて逃げ出すことも出来ない。それも弱さだった。逃げることも恐怖に震えることも出来ず、ただ凝視する姿は驚いているようにも見える。
──何に?
少女はその歩みを止めて、ようやくはりつけていた笑みをおさめた。急速に心が冷えていくのがわかる。もっと恐怖に顔を歪めてもらわなければならない。もっと浅ましくなってもらわなければならない。もっと滑稽に逃げ回ってもらわなければならない。そうすることで自分の心は潤っていき、狩猟者としての優越感を得られる。その果ての殺戮でなければ、楽しくはない。悲鳴も恐怖に歪められた顔も懇願する声も、全て愉悦のためのスパイスだった。
なのに、これはどうしたことだろう。強いはずの『神子』の姿と言ったらない。ただ、見開いた目をこちらに向けるばかりで、微かに足や手が遠ざかろうと動くのみである。
つまらない。
この女にはもっと苦しんでもらいたいのだ。もっと浅ましい姿を見たいのだ。そうして自分は高らかに笑い、鎌を振り下ろして醜い魂を狩る。それが自分の復讐となるはずなのだ。だから、今も女の向こうには別の顔が見えている。その顔を歪めたいからこうしているというのに、これではつまらない。
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