第六章 その陰を知らず



 怖くなどない。怖いなどあってはならない。そんなものも何もかも、関係のない強さを自分は欲したはずだ。だからこそ、恐怖や感傷などといった感情を取り払った。それを表す声を閉じ込めた。

 なのに、まだ残っていたというのだろうか。

 自らも知らなかったことを見透かされ、アスは目を見開くしか出来ない。地面に投げ出された剣は恨めしげに主人を見つめる。だが、震えた手が剣を探すことはなかった。ただ後ろへ、少しでも少女から離れようと逃走のために動く。

 戦闘の意志を無くしたアスの様は見ていて滑稽ですらある。目測を誤ったな、と心の内で呟いてカリーニンは大剣を構え、地を蹴った。愉悦に満ちた顔でアスに向かう少女の素早さは驚愕に値するが、アスしか目に入っていない今ならその隙をつける自信があった。

 だが、接近して剣を振り被った刹那、少女の目が自分を捕えたと思った瞬間に、掲げられた手がカリーニンの巨体を弾き返す。

「なっ……?」

 声をあげることも叶わず、そのまま数十メートル後方に吹き飛ばされる。いくつか地面に叩きつけられながらようやくその動きを止めた時、あまりの激痛に体を動かすことすらままならない。地面でこすれた肌から血が滲み出した。

「……ぐ……」

 あちこちから沸き起こる痛みが体を突き刺し、その動きを抑制する。僅かに動くことが許される首を巡らせて少女を見る。不明瞭な視界の奥で、少女がこちらに笑みを向けているのがわかった。

 触れられてはいなかった。

 少女が掲げた手が体に触れた感覚はなかった。あったとしても凄まじい力の持ち主だが、そうではない別の力によってこの巨体は吹き飛ばされたことになる。法力かと考えて、否、と考え直した。法力にここまで攻撃力の高いものがあることは聞いたことがない。ならば魔力か。

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