第六章 その陰を知らず



 うろんげにこちらを見つめる瞳。もとは人の一部であったそれは、暗い瞳をこちらに向けて質問を投げかける。以前、国軍兵士を倒した時と同じ──何故、何故、と。

 そんなことはわからない。手にかけたのは自分ではないからだ。けれど、リヒムがアスに話しかけた時の明るい声が耳にこびりついて離れない。明るく、しかし、どこかおどおどとしたように手話の出来る女に会わせると言った。その向こうで暗い声が響く。

 何故、何故。

 わかるものか。ただそこに居ただけだから、少女の目に止まったから──自分の側にいたから。

 ひゅう、と息を飲む。リヒムが死ななければならない訳などなかった。彼はバーンに言われ、自分たちと行動を共にしていた。ラックに言いつけられ、こちらを見張っていた。そこに、この少女が来た。ただそれだけだ。

 そこに何がしかの理由を見出すとすれば、原因は自分にある。彼らの仕事に常時ならざることを持ちいれたのは、他ならぬ自分なのだ。それは、ライの前で殺した兵士たちのように。未だに問い続ける彼らの目とリヒムの目が不意に重なり、目の前が暗くなった。

「ねえ」

 噴出する勢いの衰えた血をとろとろと流し、胴体が力なく倒れこむ。人の体はこんなにも軽い音がするものかと、意識の奥でぼんやりと考えた。

 少女は手についた血を払い、その体をまたいで近づいてくる。暗い笑みはその姿に相応しい。呆然と立ちすくむアスに向かい、声をひそめて言う。

「怖い?」

 心臓が大きくはねた。その衝動で手は剣を取り落とし、笑い出した膝は支える力を失ってその場にへたりこむ。

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