第六章 その陰を知らず
それにしても、と顔をしかめる。可愛らしい容姿の中にあって、大きな赤い瞳は獣を思わせた。
思わず呟いたカリーニンに微笑んでみせると、足元に倒れる襲撃者を足先で小突いた。ゆさゆさと動く体に意思は無い。絶命しているのだろう。
「ほんと、それ凄いわ」
屈んで死体の様子を窺い、アスに顔を向ける。
「……やっぱりそれが『欠片』?」
にこりとして尋ねる。アスは背中に粟立つものを感じた。何故笑っているのだろう。
アスの様子など意に介さぬように、少女は空に向かって声を張り上げた。
「ほらね、あたしの所為じゃない。死体は死体のまま、時間を戻すなって教えでしょー」
誰に向かって放たれた言葉かはわからない。見渡す限り他に人がいる気配はなかった。だが、その考えを粉砕するかのように答える溜め息が聞こえる。
「な、えっ?」
リヒムは辺りを見回した。しかし、人がいないことに変わりはなく、目覚めつつある領主の屋敷が気になるところである。もしやあそこから、とも思ったが、それにしても溜め息は近すぎた。
立ち上がった少女に視線を戻し、そのからくりを見極めようとする。リヒムに笑いかける少女には何の変化もなかった。体を包む衣服にも仕掛けがあるようには見えない。どこから、と視線をさ迷わせるリヒムの表情が面白かったのか、少女はくすりと笑ってこれ、と言う。
何を指したのかわからず、少女に視線を注ぐ。その姿にやはり変化はない。
そう、姿には。
目をしばたかせる三人の様子に、少女はその笑みを深いものにした。三人の視線は既に少女から離れている。笑顔の横からゆっくりとした動作で現れた青い球体に、驚愕と共に見入っていた。
- 124/862 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ