第六章 その陰を知らず
高い調子の声は女のようである。カリーニンは声の主を探すも、見当たらない。その時、どさりという音と共に、視界の端に変化があった。見れば、襲撃者の一人が倒れている。とろとろと流れる血を見て人だったのかと再確認し、そして新たな脅威の出現を感じた。
「ばらばらにしすぎなんだよ。人形の土台には無理」
女に答える男の声がする。また一人倒れた。
「不毛だね。フィルミエルはばらばらにしすぎ、ガットは燃やしすぎだ」
更に二つの声を叩き伏せる少年の声がした。途端に襲撃者の壁は崩れ、糸が切れたようにその場に倒れてゆく。人形、という言葉がアスの耳に蘇った。
闇の中で新たに動く影を認め、それぞれ剣を構えなおす。道の向こうから何者かの気配と、血の匂いが漂ってきた。かつん、と靴が石畳の道を歩く音がし、それが段々と大きくなっていく。足音は一つだった。
「あたしの所為にしないでよね。『時の神子』様を前に不逞は働けないってことでしょ」
アスはその警戒心をいよいよ確実なものにしていく。耳にしたことのある単語を口にする者は敵を連想させた。
一方、聞きなれぬ単語に二人は眉をしかめ、微かにアスを見る。だが、そうしたところで答えが得られるわけでもなかった。
暗闇が大きくうねったように見えた。目を凝らして、その形を見定めようとする。すると、暗闇に対抗するかのような白が見え、足が見え、その姿が見えた。
「……おん……?」
カリーニンは言葉を飲み込む。暗闇から現れたのは白い衣服に身を包んだ少女だった。
透き通るような肌にすらりとした手足、輝く金髪は頭の両側で細くまとめられたものと後ろに流れるものとがあった。白い衣服はどこぞの軍の制服を彷彿させるが、記憶に該当する国はない。
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