第六章 その陰を知らず
これも、とアスを見る。すらりと剣を抜き放ったアスは鋭い視線を襲撃者に向けていた。
──これもアスを狙ってのことか。
しかし、それでは腑に落ちない。エルダンテならば彼女を生きたまま捕えようとするはずだし、エルダンテの要請に応じたリファムにしても同じことである。
ならば、第三者の介入か。
顔の筋肉を動かさずにアスは剣を構えた。襲撃者は視線を三人に注ぐだけで一向に動く気配がない。ラックを殺したのはこちらの気を引くためではないのか。なんのために、と苦い想いを噛み締めて血溜まりに身を浸すラックを見やる。ここからでもわかるほどに、その手は血の気が引いていた。青白い肌に生気は感じられない。
カリーニンの一瞬の視線を追ってそちらを見たリヒムは微かな吐き気を催し、顔をうつむけた。目頭が痛いほどに熱く、このままでは涙までこぼれ出そうである。声を押し殺して涙をこらえるのは苦しい。何故、と襲撃者を睨み付ける。木のように立ったまま動かない彼らの意図するところがわからなかった。
わからないからこそ怒りが燃え立つ。
意味もなく、ただ唐突に。
これもアスによるものなのか。彼女が招いたのか。ちらりとその表情を見れば無表情に変化はない。まるでラックの死など眼中に無いようだった。短剣を握る手に力がこもる。
両者一歩も動かず、彫像のように立つ姿は異様だった。動くものと言えば背後の屋敷からもれる光、風で揺れる木々のみである。
だが、その均衡を破る影が現れた。
「──あらま、やっぱり無理だったかしら」
- 122/862 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ