第六章 その陰を知らず



「虫の音が聞こえないだけで、異常とは言えない。もう少し待……」

 言い終えるか否かの瞬間、しゅ、と空を切る音がしたかと思うと、ラックが声もあげずに倒れた。いやに軽い音に驚く間も与えず、鋭い斬撃がカリーニンに向かう。アスを背に大剣を巻いていた布をはぎとり、その一撃に応じた。金属が交じり合う甲高い音が響く。交差する剣の向こうは面衣で顔を覆った人間であり、その向こうではラックが倒れていた。鈍い光を放つ何かがその下から流れている。──血だ。

「リヒム!」

 力任せに弾き返して、後ろで立ちすくむリヒムに声を張り上げた。弾かれたようにリヒムはポケットをまさぐり、取り出した笛に思いっきり息を吹き込む。

 途端、夜闇を甲高い音が切り裂いた。

 風や家や全てのものを超越し、その意味を知る者たちの耳に飛び込む。これで仲間に危険は伝わった。しかし、と左側にそびえる屋敷を見る。笛の音に飛び起きた屋敷の人間がいくつか、明かりを持って歩き回っているのが見えた。

「カリーニン!」

 短剣を抜き、早急な脱出を促す。しかし、襲撃者は一人ではなく、うずくまる暗闇から湧き出るように一人、また一人と現れて三人を包囲した。皆一様に顔を面衣で覆い、暗い目をこちらに向けている。アスのようだと一瞬通り過ぎた考えを振り払い、カリーニンは大剣を構え直す。

 通常の剣の数倍はある剣幅に身の丈半分ほどの長さ、斬るというよりもその重さで殴るような剣は、見る者を圧倒させる。無論、それを軽々と扱うカリーニンにも畏怖の目は向けられていた。

 間合いを詰めるだけで動こうとしない襲撃者を前に、カリーニンは考えを巡らせた。ここを強行突破するのも手だが、果たして逃げ切れるものかどうか。ラックを斬り伏せた素早さは驚愕に値する。それなりの手練れ──強いて言うならば暗殺のためなどに動く者たちのように思えた。

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