第六章 その陰を知らず



 鬼と言われようが何と言われようが、そうさせたのは他にある。自分はそうせざるを得ない状況に追い込まれた被害者だ。ならば、利用出来るものは利用し、生き延びてやる。それを咎められるいわれはない。誰を討とうとも、誰がいなくなろうとも──それが例えライであろうとも。

「……おかしいな」

 思案にふけっていたアスを呼び戻したのは、ラックの声だった。どうした、と言うカリーニンにラックは不審そうな顔を向ける。

「変じゃないか。何の音もしないなんて」

「夜だからだろー」

 リヒムが軽い口調で言う。ラックは必死になって反論した。

「馬鹿。虫の音まで聞こえないなんてあるかよ」

 言われて、カリーニンは耳をすませる。リヒムやアスも同様に、耳に神経を集中させた。

 風がふわりとそよいで頬をなでる。微かに温かい風は遊ぶように髪をさらった。周囲の家に植わる黒々とした木々が囁くように葉をこすれあわせる。数秒経って風はやみ、また静寂が舞い戻ってきた。

 しかし、虫の音は聞こえない。

 アスが微かに剣を動かしたのを見て、リヒムもベルトに下げていた短剣に手をかける。

「ラック、そっちは」

 背中に担いだ大剣を下ろし、カリーニンは視線を動かさずに尋ねる。皆と同じく剣に手をあてがったラックは暗闇に目を凝らした。ぼんやりと漂う暗闇は形を得ず、そこに何者の気配も感じられない。

「異常ない」

「リヒム」

 反対側を向いたリヒムも同じように答える。杞憂に終わればいいのだが、と神経を尖らせた。

「笛、どうする」

 リヒムは震える声を叱咤し、ポケットに入った笛に上から触れた。布越しの感触は硬く、これを吹けば逃げれるという安心感をもたらす。だが、カリーニンはいや、と短く答えた。

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